
年に2回ほどのペースで、若かりし頃に共に仕事をした職場の同僚との、同窓会のような集まりがある。先日もそれが開催された。
「もう少ししゃれた名前にできへんのか?」との声もあるけれど、誰が名付けたか、LINEのグループ名は「○○友の会」!?
集まる場所は、安い居酒屋や街のお好み焼き屋といった、まったく気を使わない店ばかり。この椅子に座ったら油がつくんとちゃうか?と思うような店である。
集まるメンバーは、今その組織のトップを務めている人から、現場で頑張っている人までさまざま。
トップを務めている人はまだもう少し頑張らなければならないが、みんな定年から再雇用、さらに再雇用も終了と、順番に引退しつつある。
今回、最年少の人が定年を迎え、再雇用となった。そのご苦労さん会も兼ねての集まりだった。
みんな、やんちゃだった。どんなだったかは差しさわりがあるので書かないけれど、数年前に亡くなられた元上司が「おまえら、ええかげんにせえよ!!」といつも怒鳴っていた。
みんな、仕事は本気だった。本気だったからこそ、「こうするべき」と考えたことをそれぞれが勝手にやる。組織の方針に反発する。上司は本部に何枚始末書を書いただろうか(笑)。
それでもその上司は、部内報に「私は、彼らこそがこの組織を支える人となることを確信している」と書いていた。確かに、そのとおりだったなあ。

時間も休みも、ほとんど関係のない職場だった。
トイレで横に並んで、「なあ、俺たち、いつまで生きられるだろうなあ……」と話していた。
他の部署から異動してきた人は、「○○に異動させられてしまった……」と、まるで左遷されてきたかのように言った。
中途入社してきて、半日で辞めた人もいた。
なぜ、そんな職場で私たちはがんばれたのだろう。
組織理念に対する共感と、自分の思いとが交わる部分が大きかったのだろう。
1年ごとに、自分の担当分野に対する方針書を、新人もベテランも関係なく作成していた。自分の思いや夢も含めて書いていた。
思えば、一人ひとりが「ビジョンマップ」をつくっていたのだなあ、と思う。自分事になっていたのだな、とも思う。
職場が持っていた本質的な風土もよかったのかもしれないけれど……
私にとってそこは、その後どこの職場にいても「○○が自分の仕事の本籍地」と思えるほど、成長した場所である。
「自分の成長・自分の格付けを高めるために転職しましょう」「自分をもっと高く売りましょう」と、さまざまなメディアが言っている。転職サイトの広告も盛んに流れている。初任給40万円という話も聞く。
少しニュアンスは違うかもしれないが、「自分がしたいことを仕事にしないと幸せになれない」といったことも言われているようだ。
でも、私は思う。
お金も大事だし、転職を否定するわけではないけれど、置かれた場所で頑張り続けること、本気で仕事そのものに向き合ってみること、そんなことも大事なのではないだろうか。
その経験が、人格形成に大きな影響を及ぼすのではないだろうか。
これは、古くさいアナクロニズム的な思いなのだろうか?
By H.Taniguchi




