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言葉が見つからないときに、私たちができること

手紙3

珍しく、イギリスの友人Nからメールが届いた。

きっかけは、彼の誕生日にSNSでひとこと「おめでとう」と投稿したことだったらしい。


Nとは、もう40年の付き合いになる。もともとは夫の同僚だったが、家族ぐるみの交流が続き、今では私に直接連絡をくれる大切な友人だ。

毎年、年賀状代わりにクリスマスカードを交換し、お互いの家族の一年を報告し合ってきた。そういえば去年は、Nからのカードが届いていなかったことを、今回のメールで思い出した。


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最後に会ったのは、7年ほど前。夫とイギリスを訪ね、海峡を見下ろす素晴らしいお宅に3泊させてもらった。奥さんや娘さん家族と過ごした時間は、今でもあたたかく心に残っている。


その後、奥さんが重い病にかかり、そのまま亡くなったという知らせを受けた。

どんな言葉をかければいいのかわからず、それでも精一杯のお悔やみのメールを送った。

数年後には、ひとつ年下の素晴らしい女性と出会ったと、70代でありながら「ティーンエイジャーの気持ちだ」とのろけた手紙が届いた。

正直、少し拍子抜けもしたが、Nが幸せであることにホッとした。


けれど今回のメールには、その女性も奥さんと同じ病にかかり、わずか2ヶ月で亡くなったと書かれていた。近くに住む娘さんが支えてくれているものの、「一緒にいてくれる人がいないのがつらい」と、率直な気持ちが綴られていた。


今度こそ、本当に何と書けばいいのかわからなかった。

考えれば考えるほど、言葉が見つからない。


これがカウンセリングなら、何か問いかけができたかもしれない。

でもNは、そんなことを求めてはいない。

結局、「どんな言葉を伝えればいいのかわからない。

でも、ずっとNのことを思っている」と、そのままの気持ちを送った。


友人は、アドバイスを求めているわけではない。

ただ、自分の気持ちをわかってくれる存在を感じたいのだと思う。


相手を変えようとせず、ただ大切に思う気持ちを伝えること。

それが、関係を支えるひとつの在り方なのかもしれない。


私たちも、いずれどちらかが欠ける日が来る。

だからこそ、それまでにたくさんの思い出を集めていきたいと思う。


先日、NHKで料理研究家の栗原はるみさんが話していた。

ご主人を亡くしてから何年も泣いていたが、ロケ先で出会った田舎のおばさんが、「先に逝った主人にどんなお土産を持っていくかを毎日考えている」と話してくれたことに感動し、自分もそうすることにしたのだという。


私も、大切な人との日々を、そんな思いで積み重ねていきたい。


By Y.Kobayashi


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2026年04月17日