3年前に親を自宅で見送り、自分が前期高齢者になり、気持ちのうえでは人生を終える準備が始まっている。
いろんなことがあったけれど、いまだに仕事もいただき、孫にも恵まれ、感謝しかない。
けれど、できることなら、もうちょっと距離を近づけたい関係がある。
娘だ。
娘もいい伴侶に出会い、幸せに暮らしている。
だから私は果報者なのだ。
けれど、自分が願うほどの関係ではないので、なんとか改善できないかなぁと思うのだ。
娘との関係については、何度かカウンセリングを受けた。
心理学を学び始めてから、かつてひどい母だったことを正面から詫び、十数年前よりは、はるかに、はるかにいい関係になってきていると思っていた。
だが、娘個人の悩み事がきっかけで、私に対して言いたいことがたくさんあるものの、その伝え方がわからないから言わないでおくと決めていることが分かった。
「言ってくれればいいのに。」
またカウンセリングを受けようかと思っている時に、新聞でこんなお悩みを見つけた。
「失言に息子が激怒 関係修復に悩む母」 成人した息子と娘が先日けんかになり、息子について軽く言った自分の言葉が娘から息子へ伝わってしまった。
息子からは
「自分の辛さはあなたたちが原因。一人で頑張ってきたのに『育て方を間違えた』と言われる筋合いはない」
と怒りのメールが届き、音信不通になっているという。
選択理論的に生きるために、仲間とともに定期的に先生をお招きし、カウンセリングの練習をしている。
この悩みへのベテランの先生方の回答が聞きたかった。
仲間も含めて先生方数人のカウンセリング(の見解)を聞くことができた。
「帰ってきたくなる家を整えておく。」
「『私にできることがあったら何でも言ってね』と伝える。」
「そして、自分の生活をもっと充実させるとしたら何をする?」
そんな問いかけが続いた。
聞いているうちに、私は気づいた。
先生方は「娘を変える方法」ではなく、「自分がどうありたいか」を考える問いを投げかけてくれているのだ、と。

去年も1度しか会えなかったけれど、今年は菖蒲が咲く頃に、頑張ってちらし寿司をこさえて、夫と3人でお花見をした。
親だからといって、子どもの気持ちを思い通りにすることはできない。
でも、「いつ帰ってきても安心できる場所」でありたいと願うことはできる。
シニアになった今でも、やりたいことも、やらなければならないこともたくさんある。 自分の毎日を大切にしながら、いつか娘とまた一歩近づける日を楽しみに、今日もできることを一つずつ重ねていこうと思う。
By Y.Kobayashi



