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世界は「もの」ではなく「関係」でできている

仏教

これまで私にとって「仏教」とは、葬式や法事で聞くお経や説法―― すごいことを言っているとは思っていたけれど、どこか日常とは切り離した、遠い世界の儀式のようなものでした。


ところが最近、その認識が大きく変わる出来事がありました。 仏教講師の松波龍源さん(お寺や仏教の概念を根本から変える検証実験をしている人)の話を聴いたときのことです。


松波龍源さんによるとお釈迦様――すなわち ガウタマ・シッダールタ が説いていたことは、一言でいえば 「人の苦しみの原因を明らかにし、その解決方法を自ら見出し(悟り)、人々に伝えた(導いた)」 という極めて実践的なものだったのです。


神に助けを求めるのではなく、真理を悟り、自らの力で“”苦を“楽”に変える、名付けるとするなら「心の天動説」のような大きなインパクトを受けました。

宗教や道徳というよりも、「人がよりよく生きるための原理」。

そう捉えた瞬間、仏教が一気に“現実の世界”に引き戻されました。


バラバラだった知識が、一本の線でつながる

そこから仏教を調べていく中で、私の中にあった別々の知識が、一つの線でつながり始めました。

・お釈迦様が唱えた仏教

・相対性理論やカルロ・ロヴェッリの「関係論的量子力学」

・現代心理学(選択理論、マズロー)

本来であれば交わるはずのない、 2500年前の聖者 × 現代最高峰の物理学者 × 現代の心理学者 この三者が、驚くほど共通した視点を語っていることに気づいたのです。

それを一言で表すと――  「世界は“もの”ではなく、“関係”でできている」

一見、難しい言葉のように思いますが、意味が深いように思います


私たちは「名詞」で世界を見てしまう

私たちは普段、無意識に世界を「名詞」で捉えています。

・頑固な部下

・厳しい上司

・言うことを聞かない子供

まるで、その人の中に「頑固さ」や「厳しさ」という性質が、固定された“実体”として存在しているかのように。

これは世界を「静止画(写真)」として切り取っている状態です。


しかし、量子力学の視点は全く違います。 カルロ・ロヴェッリは著書「世界は「関係」でできている」の中でこう言います。 


世界は独立した「物質」の集まりではなく、絶え間なく変化する「相互作用の網の目(ネットワーク)」そのものである


つまり、「固定された“実体”はなく、すべては関係性の中で成り立つ」ということです。


仏教・心理学も同じことを言っている

この考え方は、実は仏教にもあります。 仏教の中心概念の一つ「縁起」は、 「すべては関係の中で生まれる」 という考え方です。

そして選択理論心理学では  「問題は人間関係の中で生じる」  「変えられるのは相手ではなく、自分の関わり方」と捉え、アドラー心理学では人間を「個体」ではなく、「他者との関係性の中で意味づけられる存在」として捉えています

分野は違っても、本質は同じです。


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「料理」で考えてみると・・・

この「関係」という考え方は、料理に例えるとさらに理解しやすくなります。

・食材 = 相手や自分がもともと持っている個性・状態

・関わり方(調理法・味付け) = あなたの言葉・態度・接し方

・相互作用(化学反応) = 二人のやり取りのプロセス

・関係(料理の味) = 結果として生まれる関係性

同じ食材でも、

焼くのか、煮るのか、蒸すのかで味はまったく変わります。

少し固い食材でも、丁寧に下ごしらえをし、火加減を工夫すれば驚くほどおいしくなります。


人間関係も同じです。

多くの人は「料理の味(結果)」だけを変えようとしたり、

「食材(相手)」そのものを変えようとして苦しみます。

しかし、物理学も心理学も教えている原理は共通しています。

結果を変えたければ、調理法(関わり方)を変えるしかない。


些細な衝突のモヤモヤを長引かせない!関係をより良くする謝り方

ここで、私自身もよく経験した場面を考えてみます。

仲の良い知人と、ほんの些細なことで感情的になり、相手に強く言ってしまう。

お互いに嫌な雰囲気になって、その場は別れる。


そのときは、「相手にも原因がある」と思ってしまい、すぐには謝れない。

しかし、しばらく時間がたって一人になると、気持ちも落ち着き、「少し言いすぎたな。悪かったな」と反省することがあります。


一方で、相手が今どんな気持ちでいるのかは分かりません。

まだモヤモヤしているかもしれないし、同じように反省しているかもしれない。

ここで大切なのは、一度起きた衝突は、その場で終わる出来事ではない

ということです。


強い言葉のやり取りは、その瞬間だけでなく、二人の関係そのものに影響を残します。

たとえ普段は仲が良くても、関係という“状態”は一度書き換わってしまっているのです。

だからこそ、より良い関係に戻すためには、新しい関わり方を選び直すことが必要になります。


ついやってしまいがちな厄介な「謝り方」

では、あなたならどのように関わり直すでしょうか

ここで、過去の私のようについやってしまいがちな厄介な謝り方があります。


「ごめんなさい。怒るつもりは全然なかったのに、あなたがああ言ったから、私はついムキになって怒ってしまったの。」


これは一見、謝っているようにも見えますが、実際には、 自分の感情の原因を相手のせいにしている状態です。


せっかく新しい関係をつくろうとしているのに、過去の衝突という火種にもう一度火をつけてしまう。その結果、相手のモヤモヤはむしろ強くなってしまいます。


本当に関係を変える謝り方とは

では、本当に関係を変える謝り方とは、どのようなものでしょうか。

大切なのは、原因探しではなく、 関係を修復するための新しい関わり方を選ぶことです。

実は簡単なことなんですが・・・

たとえば、

「さっきは感情的になってしまってごめんなさい。

嫌な気持ちにさせてしまったと思う。本当にごめんなさい。」


このように、まず自分の行動に責任を持って伝えることです。

すると、その瞬間に二人の関係には新しい相互作用が生まれます。

そして、その小さな一歩が、モヤモヤした現実を書き換えるきっかけになります。


つまり、自分が本当は悪くないという言い訳を捨てて、素直に、 新しい関わり方を選べば、関係の結果も良い方向に変わっていくということです。


結び:世界は「動詞」でできている


カルロ・ロヴェッリは、世界を「物体の集まり(名詞)」ではなく、  「出来事の連なり(動詞)」 として捉えます。

世界は「静止画」ではなく、絶え間なく動き続ける「動画」なのです。

・名詞(静止画): 「頑固な部下」というラベルを貼る。

・動詞(動画): 「私の問いかけに対し、部下が黙り込む」という一連の出来事。


固定されたラベル(固定概念)や思い込みで世界を見るのをやめ、「心をニュートラル」にして、今この瞬間の最善の「関わり方」という動詞を選び直す。

それだけで、関係は変わり始めます。

そして、あなたを取り巻く世界そのものも、少しずつ編み直されていくのです。


上質な関係を意識して、縦糸と横糸を紡いで、共同作業で幸せを紡ぎだすことと中島みゆきの歌「糸」とどこか似ているような気が、ふとしています。


By M.Tamura


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2026年04月17日

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